うまくいった記録しかない会社は、
AIを賢くできない。
前回、情報に性質を持たせるという話を書いた。事実、解釈、議論、提案、参考、予測。そこまで整理して、まだ足りないものがあった。
外れた記録が、どこにも残っていなかった。
自社のAI基盤に何を入れるか決めていたとき、集める側の話ばかりしていた。実績数値、提案書、分析、議論のログ。持っているものを性質ごとに分けて入れる。
ある時、渡した情報の中身を眺めていて気づいた。入っているのは、通った提案ばかりだった。
会社に残るのは、勝った記録だけ
これは私たちに限った話ではないと思う。会社に蓄積されるのは、採用された企画、達成した数字、成立した契約。フォルダに整理され、実績として参照される。
一方で、落選した提案は消える。外した予測は誰も記録しない。途中でやめた施策は、やめた時点で話題にならなくなる。担当者の頭の中には残っているが、どこにも書かれていない。
悪意があってのことではない。うまくいかなかったものを整理して残す動機が、そもそも組織にないというだけだ。時間もかかるし、掘り返して気持ちのいい作業でもない。
結果として、蓄積されたデータの中では、あらゆる打ち手が成功したことになっている。実際には打った数の何倍も外しているのに、その痕跡がない。
ただ、AIに渡す情報としては、これは相当に偏った状態になる。
成功事例だけを渡されたAIは、成功事例に似たものを返してくる。それだけだ。
なぜ外れの方が情報量が多いのか
うまくいった案には、うまくいった理由が複数ある。企画がよかったのか、タイミングだったのか、担当者の力なのか、たまたまだったのか。切り分けられない。
外した案は違う。なぜダメだったかは、比較的はっきりしている。予算が合わなかった、決裁者が別にいた、時期が悪かった、そもそも課題を読み違えていた。理由が特定しやすい。
つまり、判断の材料としては外れの方が濃い。それなのに、記録として残るのは薄い方だけになっている。
人間の担当者は、この偏りを経験で補っている。データには残っていなくても、前に似た提案をして通らなかったことを覚えている。だから同じ提案を二度は出さない。
AIにはその補正がない。渡されたものが全てなので、成功事例に似た案を、何度でも自信を持って出してくる。
前回書いた予測と実測の突き合わせも、同じ構造だった。予測が当たったときより、外れたときの方が次につながる。ただ、外れた予測を残しておかないと、そもそも突き合わせができない。
残すのは、結果ではなく理由
では何を残すか。落選した提案書をそのまま保存しても、あまり意味がない。落ちた事実は、その文書のどこにも書かれていないからだ。
残すべきは判断の方だと考えている。何を狙って、どう外したか。ボツにした理由。やめた時期と、そのとき何を優先したか。文章にすると数行で済む。
私たちは、この数行を提案や施策と同じ場所に、別の性質として保存している。前回書いた分類でいえば、外れも一つの解釈として扱う。
手間としては、案件が終わったときに数行足すだけだ。ただ、この数行を書く習慣がないと、いつまでも溜まらない。
この作業を始めてから、AIの出力に「以前この方向で検討して、こういう理由で見送っている」という文脈が混じるようになった。同じ提案を二度出すことが減った。
失敗を残せる組織かどうか
ここまで書いておいて何だが、これは技術の話ではない。
外した記録を残すというのは、外したことを認めて書き留める行為だ。それを個人の評価と切り離せない組織では、書かれないか、書かれても言い訳が混ざる。そうなると、記録としての価値は消える。
AIを入れると業務が効率化する、という話をよく聞く。ただ実際にやってみると、先に問われるのは組織の側だった。何を良しとしているか。外れをどう扱っているか。それが記録に出る。
うまくいった記録しかない会社は、AIを賢くできない。少なくとも私たちの場合、外れを残し始めてから、返ってくるものが変わった。
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